7月29日(木)
 午前中、3本目のネーム出来。ふぅう〜。なんとか間に合ったぜ。チェックアウトの時間に来た編集S嬢に出来たネーム3本勝ち誇って渡すが、絵はこれからだ。連載はまだ始まってもいない。いばる事でも何でもないです。ハイ。
 朝から断続的に強く降る雨。やんだ頃合を見計らってホテルを後にした。


7月28日(水)
 渋谷に映画「下妻物語」を観に行った(とても面白かった)以外はホテルに篭りネーム。このホテルは昔からネームの時に使っているので、勝手知ったる何とやら、すこぶる居心地がイイ。外に出ると好きな食い物屋ばっかりだし。気を抜くとすぐ楽しい気分になってしまうので注意だ。


7月27日(火)
 今日から二日間、講談社「 I 」誌で始める連載のネームで都内のホテルにカンズメ。二日間でネーム3本。あげれたら費用は講談社持ち。あげられなかったら自腹!という賭けを編集者とした。ここまでしないとネーム出来んのか。
 中島らも死去のニュースにビックリ。まだ52歳。らもさんとはとうとう会えずじまいだったな。ご冥福を祈ります。


7月26日(月)
 ゆうべの9時から徹夜のまま、映画「スチーム・ボーイ」観に行く。長い年月と資金と労力を使っただけのことはある、さすがの絵のクオリティ。久々に大友克洋の絵を見た気がする。やっぱり大友さんの絵は目に快感だよ。

今年の夏空は、いい雲が多い。

7月25日(日)
 急ぎのイラスト仕事がひとつあったので日曜出勤。したのはいいが、眠い。3時頃から倒れるように6時間も寝てしまった。真っ昼間に熟睡すな。しかもヤな夢みるし。真っ昼間にうなされるな。感覚的には1時間程の睡眠だと思っていたので、窓の外の完全な夜に軽いショック。10時過ぎ、遅い夕食をとった帰り道、ほとほと情けなくなる。「自分は根本的にダメっす!」という、いましろたかしの漫画のセリフが頭の中で反復する。

ヤンジャン米澤君のフェンダー・ストラトキャスター64年製。ワケあって、このギターの絵を書いてます。

7月24日(土)
 昼、アニメージュのE.T.T連載「オモ出ろ」の撮影で「TAHITI STUDIO」。1時間半ほどで終わって、みんなでラーメン食って解散。阿佐ヶ谷の「航海屋」という店。タムタムこと田村信がこのところ、ここのラーメンにご執心なので。

7月22日(木)
 「茶の味」という映画を観てきた。なるほど、こういうCGの使い方もあるんだな。長男役の男の子がイイ。顔も、すっとぼけた佇まいも。多少長く感じられもしたが、面白かった。途中、何度かクスクス笑った。
 夜は「キャラ者」。夜中の2時頃、双葉社の栗原氏がイラスト集の色校正を持ってくる。初校なのでまだまだ色が出ていない。全部にこまかく赤入れ。でももう作業は最終段階。9月早々には確実に出せそうです。

映画に出てくるお好み焼き屋のライター。おかしいので買っちゃった。煙草止めようかと言ってる奴が、何買ってんだ。

7月21日(水)
 煙草をやめようかと思う。もともと仕事中と酒を飲む時以外はほとんど吸わない。気分が求める時はあっても、身体がニコチンを欲する事が全くない。やめようと思えばすぐにやめられるのだ実は。好きだった「ラッキーストライク」の青箱が製造中止になった時、買っておいたワンカートン。大事にチビチビ開けていたのがとうとう最後の一箱になってしまった。これ吸い終わったら止めにしようかな。いい機会かもな。

最後の一箱。

7月20日(火)
 青山ブックセンターの倒産はショックだった。本を買う側としては、その品揃えを信頼していたし、本を買ってもらう側としては、自分の本をいつでもあたりまえのように揃えてくれている貴重な本屋だった。新宿や六本木に行くと必ず立ち寄る本屋だった。ABCがなくなる日が来ようとは夢にも思わなかった。
 BOOK OFFやまんだらけのような、本を単なる商品としてしか扱わない本屋が業績を伸ばし、ABCのような心ある本屋が姿を消していくのは、何だか象徴的な出来事だ。ひとつのよき時代が確実に終わったのだな。寂しい。残念だ。

7月14日(水)
 ここのところ、どうにもこうにも禁断症状が出ていた三鷹の「江ぐち」にやっと行けた。ほんとに久しぶりの「江ぐち」のラーメン。「うう。これよこれ。ウグウグ」と、むさぼり食ってる所へフラリと入ってきた客。吉田戦車だった。
 「おう、吉田くん」声かけると照れ笑い浮かべて「まいったな……」だと。まいらんでもいいわ別に。でも、こんな所で知った顔に会うと妙に照れくさいんだよな。
 あーでも旨かった。ここのラーメンは「美味しい」んじゃなくて「旨い」のだ。わかってもらえるだろうか、このニュアンス。
 夜は「ファミ通」G女史仕切りのの飲み会。中川いさみ、田村信、コミックCUE堅田。他、数名の編集女子。少し遅れて吉田戦車も参加。昼夜二回会う。こんな偶然もたまにある。


7月13日(火)
 自宅のクーラーが壊れており、クロトの居場所である玄関が冷えない。ので、仕事場に毎日連れてきている。夕方の散歩の時、道の植え込みの影をサササと走る影。猫かと思ったら妙に長い。俺と同じくソレに気づいて立ち止まった男の人とほぼ同時に「あ、ハクビシンだ!」
 なんでこんな住宅街にハクビシンがウロウロしとるねん!?飼われてるヤツが逃げたんだろうが、ああいうのでも貼り紙とかするのかな。
「このハクビシンを探しています」とか。すぐ見つかるわ。見つかるけど捕まえるのがコワイわ。逃がすなあんなもん。

なんでそんなに悲しい眼をする。

7月12日(月)
 「スパイダーマン2」観る。吉祥寺の平日の午後だというのにほぼ満員。しかも外人多し。右隣が終始ブツブツ声出してるオタク(本人無意識)。そのまた隣が、ちょっとした事でゲラゲラ大声で笑う黒人。前の席が頭ひとつデカイ白人。という、映画を鑑賞する環境としては劣悪な条件の中にあっても、面白かった。いや最高。
 主人公も、見方によってはぶさいくなMJも、新聞社の意地悪上司もイイ。敵役のオヤジがまたイイ。嫌いな所がこんなに少ない映画もめずらしい。途中思いがけず泣けてしまったし。
 今週と来週は新作のネーム週間。頑張るです。

7月11日(日)
 参院選挙に行った。紳助はそのうち絶対選挙に出るね。それにしても曽我ひとみさんとジェンキンスさんの接吻シーンは、TVでたびたび流されて気の毒というか、切ないというか。何か、見てはイケナイものを見せられたような気分になるのは俺だけ?

7月10日(土)
 夜中にお腹が空いて、冷蔵庫をゴソゴソ。中にあったじゃこと卵とネギで炒飯を作ったら、うっかり中華鍋の柄で右手ひとさし指を火傷。2cmに渡って火ぶくれが。氷で指冷やしながら食った「じゃこ炒飯」は情けないやら痛いやらで、旨いんだか何だか。

7月9日(金)
 夕方になってはじめて外に出たら、冗談のような暑さ。というより熱さ。駅前の温度計は午後4時の時点で41℃だった。41℃て!熱帯だよ、もう。
 ビーチ・ボーイズの(というか、ブライアン・ウィルソンの)幻のアルバム「スマイル」が出るらしい。ブライアン・ウィルソンが途中で投げ出したままお蔵入りになっていた、いわくつきのレコードだ。それを37年ぶりに完成させたというからビックリだ。寝た子を起こすにも程がある。どんなモノになっているんだろう!?

俺の持っているブートのアナログ盤「スマイル」。
CDとあわせると何十種類あるのかわからない。

7月8日(木)
 部屋が片付かない。外は鬼のように暑いし。季節柄、毎日数回お中元が届く。仮眠をしたり大便をしている時に限って宅配便が来るのは陰謀か。見計らった嫌がらせなのか。いささかキレ気味に宅配ブツ受け取ってみれば、
 「フルーツゼリー詰め合わせセット」。
 ウガ〜〜〜〜〜!!俺大っ嫌いなんだよゼリー!!逆上してブン投げたくなる贈り物ナンバーワンだ!!でも重いんだ!!食べないからいつまでも置いとく事になるんだ!場所とるんだ!!そんでいい加減我慢できなくなった頃、ゴミの日に出すハメになるんだ!毎年そうだ!こんなのを受け取るために仮眠を中断させられたかと思うとすげぇ腹立つ!!ハァハァハァ……。
 というワケで俺にゼリーは金輪際送らないで下さい。差し入れで買っても来ないで下さい。お願いです。

コレだコレ。

7月7日(水)
 最近ますますカッコイイ大人のロックバンド「カーネーション」の直枝政広と対談。会うのは岡村靖幸トリビュート以来2年ぶりだが、お酒を飲みながらじっくり話すのは実は初めて。このバンドがこんなに長く、しかも瑞々しいままでそこにいてくれる事がウレシイ。もっともっとたくさんの人の耳に、このバンドの音楽が届いたらいいのに。この対談は、元「アンダウン」(というフリーペーパーの音楽誌)のクレイジー編集長・鈴木大介が新しく創刊する「Key Station#」という雑誌に載る予定。創刊号は今月出ると言ってたけど、ホントかよ!?

7月6日(火)
 夕方より新宿でT間書店の編集者、ライターと打ち合わせを兼ねた飲み。蟹料理屋なのはいいが、座敷の壁にかかっていた書が「蟹」て。


7月5日(月)
 昼から立て続けに3つの打ち合わせと取材。その中のひとつが。うひ。うひひひ。うひひひひひひ。
 なんと!吉田拓郎の秋に出る新曲CDのジャケットを俺が描く事になったよおお!
 うわあ〜〜〜い!!吉田拓郎といえば、俺のアイドル四天王の一人。(あとの3人は、山上たつひこ、湯村輝彦、筒井康隆。これが六天王になると、ちばてつやと東海林さだおも入る。七天王になるとアンディ・ウォーホルも入る。八天王になると、もうええわ!)その中でも拓郎は一番多感な10代後半の時期に刷り込まれたので、その後の人格形成に与えられた影響は計り知れない。おかげでこんないい加減な大人になりました。わはは。
 拓郎のジャケットを俺が描くなんて。くくくう。なんかすごいよ。やったよ高校時代の俺!なんか感無量。まさか、まさか拓郎の仕事は遅れまいな俺!?そこまで腐っちゃいまいな俺!?ちゃんとやれよな俺!ちゃんとやらないと高校時代の俺が怒って出てきそうだ。

7月4日(日)
 午後3時まで寝てた。「せっかくの日曜日がもう終わり」と嫁がふてくされた。そうなんだけど、俺は今、日曜日も仕事場出たいほどやる事が溜まってる状態なのよ実は。とりあえずイラスト集の制作メモは全部書き終えた。

7月3日(土)
 好きだった荻窪のラーメン屋「めん家」が、店主の逝去で閉店してしまった。まだ50代半ばの若さだったはずだ。よく休む店だった。通いだしたのは2年前だが、その間も「病気療養のため休業」を何度か繰り返していた。ガンコそうなオヤジだった。混んでくると機嫌悪くなるオヤジだった。自分のペースを乱されるのを嫌ったんだろう。スープをほとんど残す客、肉の脂身を残す客にあからさまに嫌悪感を表していた。いや、そうした客に直接言うのじゃなく、帰った後、「なにが全部飲むと体に悪いだ。ウチのスープに体に悪いもんは一切使ってないんだよ」ブツブツ言っていた。ストレスの多い生き方だったと思う、たぶん。
 俺は基本的に店主がアイソの悪い店は好きじゃない。なのにこの店に通ったのは、このオッサンの作るラーメンが確かに旨かったからだ。気難しいけど、客を見下したり偉そうな態度をとるタイプではなかったからだ。
 この2年間、土曜日はほとんど毎週のように、家族でここのラーメンを食いにいった。娘の顔を見ると、オヤジさんはいつもニヤっと笑った。
 この店の半熟玉子が大好きだった娘のラーメンには、いつも海苔が1枚多くのっかっていた。そして本当に美味しそうに食べる娘を見て、オヤジはまたニヤっと笑っていた。
 今年になってからTV「アドマチック天国」の荻窪特集で、ラーメン王だとかいう若い男がこの店を紹介した。効果はテキメン。それまではまぁ、待ったとしても1人か2人だったこの店に、行列ができるようになってしまった。土曜日などは2、30人が並んでいて、我が家はこの店のラーメンが食えなくなってしまった。我が家の生態系が崩された思いがした。
 TVとラーメン王と、情報にのせられてすぐに並ぶ客どもを憎んだ。
 行列は2ヶ月程続いていたかな。やっと行列も落ち着いて、また行けるなぁと思っていた矢先の事だった。
 亡くなる直前の「めん家」はしばらくの間、てんてこ舞いの有り様だったハズだ。従業員は一人もいず、オッサンだけでやってたからな。それはオッサンにとって良かった事なのかな。それとも不幸な事だった?
 次に行ったらその事を聞いてみたいと思っていたけれど、もうオッサンはいない。

7月2日(金)
 W社のM誌の新連載の打ち合わせ。(社名、誌名は連載が実際に始まるまではハッキリ書かない。あしからず)こちらは友人の音楽ライター印南敦史とのコラボで毎月1枚イラストを描くことに。イラストの連載は久しぶりで楽しみ。
 打ち合わせの後、5時半から「いせや」で軽く飲み。「いせや」はいい。調子にのってまたダーツ。しかしこのゲームを楽しむには、「ダーツのめちゃくちゃ好きな男子」か「ヘタクソな女子」がいる事が必須条件と知った。初心者男子3人でやるダーツは盛り上がらぬ事このうえなしと、心底、思い知った。
 すっかり酔いも醒めたので、10時には解散して「キャラ者」。

7月1日(木)
 K談社 I 誌の担当編集2人と飲む。6月に始めるはずだった連載は、ネームすらまだ出来ていない。うう〜ん。西荻の場末の(ような雰囲気の)ロックバー(のようもの)で調子に乗ってまたダーツ。ダーツおもろ。